万葉歳時記 一日一葉

「万葉集」から1300年の時を超えた現代短歌・俳句まで、
昔と今を結ぶ日本人のこころの歌を歳時記にしました。

#4969 草枕旅に物思ひ我が聞けば夕かたまけて鳴くかはづかも

令和8年5月6日(水) 【旧 3月20日 仏滅】 立夏・蛙始鳴

草枕旅に物思ひ我が聞けば夕かたまけて鳴くかはづかも
  ~作者未詳 『万葉集』 巻10-2163 雑歌

旅にあって物思いに耽っている夕方、蛙の鳴く声が聞こえてきたよ。

 二十四節気「立夏」の初候6日間(5月5日-10日)は七十二候の第19候「蛙始鳴(かわずはじめてなく)。オタマジャクシから成長した蛙が鳴き始める頃。子どもの頃、近くの淀川にザリガニやタニシを採りに行けばいつも聞こえた蛙の声ですが、今は田園が広がる郊外に出かけた時にしかその声を耳にする機会がありません。萩原朔太郎が従兄の萩原栄次に捧げた詩集「月に吠える」の中に「蛙よ」という一節がありました。

260506_草枕旅に物思ひ我が聞けば
Photo:Oggi.jp

蛙よ、
靑いすすきやよしの生えてる中で、
蛙は白くふくらんでゐるやうだ、
雨のいつぱいにふる夕景に、
ぎよ、ぎよ、ぎよ、ぎよ、と鳴く蛙。

まつくらの地面をたたきつける、
今夜は雨や風のはげしい晩だ、
つめたい草の葉つぱの上でも、
ほつと息をすひこむ蛙、
ぎよ、ぎよ、ぎよ、ぎよ、と鳴く蛙。

蛙よ、
わたしの心はお前から遠くはなれて居ない、
わたしは手に燈灯《あかり》をもつて、
くらい庭の面を眺めて居た、
雨にしほるる草木の葉を、つかれた心もちで眺めて居た。

  ~萩原朔太郎(1886-1942) 『月に吠える』より「蛙よ」

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#4787 ほほえみに私自身も気づかない落ちたりんごが腐り始める

令和7年11月13日(木) 【旧 9月24日 友引】 立冬・地始凍(ちはじめてこおる)

ここ
どっかに行こうと私が言う
どこ行こうかとあなたが言う
ここもいいなと私が言う
ここでもいいねとあなたが言う
言ってるうちに日が暮れて
ここがどこかになっていく

  ~谷川俊太郎(1931-2024)

 国民的詩人とも呼ばれる谷川俊太郎氏が老衰のため91歳で亡くなってから今日でちょうど一年になりました。

251113_ほほえみに私自身も気づかない
Photo:谷川俊太郎 ~朝日新聞 DIGITAL

 ご本人は「詩人が正業」と自負されていますが、絵本作家や翻訳家でもありました。谷川俊太郎の功績の中で見逃してはならないのは『ピーナッツ』の日本語翻訳を始めたことではないでしょうか。スヌーピー、チャーリーブラウンやウッドストックが登場するあのチャールズ・M・シュルツの漫画です。以後50年にわたり翻訳に取り組み、2020年に全作品の翻訳を完了されています。そんな彼に歌人という肩書はありませんが、彼が40代の時に作った短歌が五首残されていました。そのうちの一首です。

ほほえみに私自身も気づかない落ちたりんごが腐り始める
  ~谷川俊太郎 『谷川俊太郎エトセテラ』

251113_どっかに行こうと私が言う

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#4650 夕暮れのゼブラゾーンをビートルズみたいにあるくたった一人で

令和7年6月29日(日) 【旧 6月5日 仏滅】 夏至・「菖蒲華(あやめはなさく)」

夕暮れのゼブラゾーンをビートルズみたいにあるくたった一人で
  ~木下龍也(1988-)『つむじ風、ここにあります』

250629_夕暮れのゼブラゾーンをビートルズ
Photo:アルバム『ABBY ROAD』 のジャケット写真

 ビートルズを知らない世代の人も「アビー・ロード」のジャケット写真は見たことがあるでしょう。ビートルズといえば、もう一つ有名な報道写真を思い出します。ビートルズが初めて日本にやってきたのは1966年の今日6月29日のこと。ハッピ姿で手を振りながら、日航機のタラップから下りてくる報道写真です。この時の熱狂的なファンは私よりもう少し上の世代。中二だった当時の私にはあまり関心がありませんでした。

250629_Yesterday is history.
Photo:ビートルズがやってきた1966年6月29日(羽田空港)~GIZMODO

 私自身がビートルズにハマりだしたのはもっとあと、大学生になってからでした。今では彼らのアルバムすべてを持っているほど聴き倒したものです。時により一番推しの曲はころころと変わりましたが、やっぱり最後にたどり着いたのは「イエスタディ」です。ビートルズの歌詞とは関係ありませんが、こんな言葉をインターネットで見つけてメモしていたので書いておきます。昨日の思い出は大切だけど、今日と明日をもっと大切にするために。

Yesterday is history. 
Tomorrow is mystery. 
Today is a gift. 
That’s why it is called the present.
  ~Alice Morse Earle (1851-1911)

昨日は歴史。
明日は神秘。
今日は天からの贈り物。
だから今日は「プレゼント」と呼ばれているのです。
  ~アリス・モース・アール

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#4558 春山の咲きのををりに春菜摘む妹が白紐見らくしよしも

令和7年3月28日(金) 【旧 2月29日 赤口】 春分・「桜始開(さくらはじめてひらく)」

春山の咲きのををりに春菜《わかな》摘む妹《いも》が白紐見らくしよしも
  ~尾張連《をはりのむらじ》『万葉集』 巻8-1421 雑歌

春山の花が咲いている下で、春の菜を摘んでいる。妻の着物の、白いひもを見ているとなんともよいものだ。

250328_春山の咲きのををりに春菜摘む
Photo:菜の花の咲くあわじ花さじき ~Tripadvisor

 一面の菜の花畑を目にすると、いかにも春がやってきたという気分にさせてくれます。「菜の花」というのはアブラナ科アブラナ属の花の総称で、本当は特定の植物の名称ではありません。一般に菜の花畑というのはアブラナやセイヨウアブラナを指しますが、そもそも「菜」とは食用の意味なので「菜の花」は食べる花のこと。もちろん花よりも、白菜や青梗菜など食べる「葉」や「茎」のほうが種類が多いので万葉集に詠まれた「春菜」は葉っぱのほうかもしれませんね。私は食べる方よりもこの歌を思い出します。

「おぼろ月夜」
菜の花ばたけに 入り日うすれ
見わたす山のは かすみ深し
春風そよ吹く 空を見れば
夕月かかりて においあわし
  ~高野辰之(作詞)・岡野貞一(作曲)

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#4545 てふてふが一匹東シナ海を渡りきてのち、一大音響

令和7年3月15日(土) 【旧 2月16日 大安】 啓蟄・「菜虫化蝶(なむしちょうとなる)」

てふてふが一匹韃靼《だったん》海峡を渡って行った。
  ~安西冬衛(1898-1965)『春』

 これは短歌でも俳句でもなく「一行詩」と呼ばれるものです。作者の安藤冬衛《あんどうふゆえ》は大阪の岸和田藩士の子として生まれた詩人。「韃靼海峡」とはロシア本土とサハリン(樺太)の間の「間宮海峡」のこと。日本以外ではこれを「タタール海峡」と呼んでいます。

250315_てふてふが一匹東シナ海を
Photo:旅する蝶、アサギマダラ ~空海NAVI

 さて、今日は七十二候の第9候「菜虫化蝶(なむしちょうとなる)」。菜虫とは青虫のこと。成長した青虫が羽化して蝶になる時季という意味で、二十四節気「啓蟄」の末候にあたります。本当に蝶が間宮海峡をわたることができるのかと私も疑問に思いましたが、近年、流体力学と生体構造などの面から蝶の飛行に関する研究が進められているようです。オオモンシロチョウの飛行速度は19.2km/h、飛行距離では『鬼滅の刃』にも登場したアサギマダラの飛距離は1000kmとも3000kmとも言われています。こんな歌もありました。こちらは間違いなく「短歌」です。

てふてふが一匹東シナ海を渡りきてのち、一大音響
  ~高野公彦(1941-)『水の自画像』

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