万葉歳時記 一日一葉

「万葉集」から1300年の時を超えた現代短歌・俳句まで、
昔と今を結ぶ日本人のこころの歌を歳時記にしました。

富士山

#4890 春のきる霞の衣ぬきをうすみ山かぜにこそみだるべらなれ

令和8年2月23日(月) 【旧 1月7日 先勝】 雨水・霞始靆

春のきる霞の衣ぬきをうすみ山かぜにこそみだるべらなれ
  ~在原行平(818-893)『古今和歌集』 巻1-0023 春歌上

春という季節が纏う霞の衣は、横糸がうすいので、山風に吹かれると綻びそうに思われます。

 「天皇誕生日」の今日は七十二候の第5候「霞始靆(かすみはじめてたなびく)」。春霞がたなびき始める頃で、二十四節気「雨水」の次候にあたる5日間です。週末から4月並の暖かさが続いていますが、またどこかで寒さが戻るかもしれません。気象用語では水平視程が1km未満の場合を「霧」といい、それ以上先が見える場合は「靄《もや》」。これに「雲」を含めて、すべて大気中の水滴や微粒子の浮遊により生じる現象です。

260223_富士にたつ霞程よき裾野かな
Photo:霞富士 ~PHOTO HITO(reiyaさん)

 しかし「霞《かすみ》」は文学的な表現なので気象用語にはありません。和歌や短歌の中で「春霞」が詠まれることが多いのですが、俳句ではそもそも「霞」は春の季語。「春霞」は「朝霞」「夕霞」や「花霞」と同じように「霞」の子季語とされています。

富士にたつ霞程よき裾野かな
  ~井上井月(1822-1887)

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#4882 願はくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ

令和8年2月15日(日) 【旧 12月28日 先負】 立春・魚上氷

願はくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ
  ~西行(1118-1190)『山家集』上-0077 春歌

願いが叶うなら、花の下で春の季節に死にたいものだ。如月の満月の頃に。

 歌聖とも言われる西行法師は文治6年2月15日、73歳で入寂したため今日2月15日は「西行忌」とされています。自身が生存中に詠んだ通りに亡くなったことであまりにも有名になったこの歌ですが、これはもちろん今の太陽暦の2月15日ではありません。グレゴリオ暦に置き換えてみると今年の場合は4月2日に当たります。桜満開の季節でありほぼ満月。こんな時に旅立てれば結構と思って、そのとおりになるなんてなんとも幸せな人生の閉じ方ですね。

260215_霞たく富士を香炉や西行忌
Photo:西行法師(MOA美術館蔵)~Wikipedia

 西行の俗名は佐藤義清《のりきよ》。元々平清盛と同期の北面の武士でしたが、23歳で出家して西行法師と号しています。ちなみに佐藤家は藤原氏の一族。また「西行」は号であり正式な僧としての名は円位。

霞炷く富士を香炉や西行忌 
  ~溝口素丸(1713-1795)『素丸発句集』

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#4317 我妹子に逢ふよしをなみ駿河なる富士の高嶺の燃えつつかあらむ

令和6年7月31日(水) 【旧 六月二六日 先勝】・大暑 「土潤溽暑」(つちうるおうてむしあつし)

我妹子《わぎもこ》に逢ふよしをなみ駿河なる富士の高嶺の燃えつつかあらむ
  ~作者未詳 『万葉集』 巻11-2695 寄物陳思

あの娘に逢う機会がなかなかないから、私の心は富士山のように燃え続けるのだろうか。

240731_我妹子に逢ふよしをなみ駿河なる
Photo:本栖湖と富士山 ~山梨県HPより

「富士のように燃えている」とあるように、この時の富士山は煙を吐いていました。『続日本紀』巻36「光仁天皇」編にこんな記述があります。1243年前の今日の記事です。

天応元年7月6日(西暦781年7月31日)駿河国が「富士山の麓に灰が降って、灰のかかったところは木の葉が萎えしおれました」と言上した。
  ~宇治谷孟 全現代語訳『続日本紀』(下)より

 これが富士山の噴火についての最古の記録とされています。以降平安時代の西暦800年から1083年までの間に12回の噴火記録が残されました。直近では1707年の宝永の大噴火があり、それから317年間沈黙したまま今に至ります。私が習った時は「休火山」とされていましたが、今は「死火山」とともにこの言葉は使われなくなっていて、富士山は「活火山」に区分されています。

はれて候又曇り候ふじ日記
  ~宝井其角(1661-1707)

 宝井其角は宝永4年4月に亡くなっています。宝永の大噴火は同年11月でした。噴火を見ていたらどんな俳句を詠んだことでしょうか。

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#3980 晴れても良し曇りても良し富士の山元の姿は変わらざりけり

令和5年8月30日(水) 【旧 七月一五日 先負】・処暑・天地始粛(てんちはじめてさむし)

晴れても良し曇りても良し富士の山元の姿は変わらざりけり
  ~山岡鉄舟(1836-1888)

230830_晴れても良し曇りても良し富士の山.jpg
Photo:富士山を照らす光 ~photoAC(NEOヤジ1970さん)

 今日、8月30日は「富士山測候所記念日」。1895(明治28)年のこの日、大日本気象学会員の野中到が私財を投じて富士山頂に測候所を建てた事に由来します。建設当初は世界最高所の常設気象観測所であり、日本上空を流れる偏西風など多くの謎の解明に役立てられましたが、2004年に閉鎖されて以降は富士山特別地域気象観測所となっており、今は自動気象観測装置による気象観測を行っています。それにしても現在放送中の朝ドラのモデル、牧野富太郎もそうでしたが、当時の学者が新しい研究を始めるためには官費の後ろ盾がなく、私費で研究をしなければならなかった例が多かったことには驚かされます。

秋の富士日輪の座はしづまりぬ
  ~飯田蛇笏(1885-1962)

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#3596 いにしへに誰か言ひけむ桜島……他一首

令和4年8月11日(木) 【旧 七月一四日 友引】・立秋・涼風至(すずかぜいたる)

いにしへに誰か言ひけむ桜島つくしの海に富士をうつして
  ~細川幽斎

昔の人の誰が名付けたのだろう桜島と。筑紫の海に富士のような姿を映し出して。

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Photo:桜島 ~MYSTAYS

 今日、8月11日は「山の日」。祝日法では「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」ことを手指として2016年から施行されました。しかし、時には恩恵だけではなく、思わぬ災害を起こすこともあるようです。桜島の噴火も心配ですね。噴煙には慣れている住民の方も今回の爆発的噴火には不安を隠せない様子です。さて冒頭の和歌。歌人としても名高い戦国武将、細川幽斎(藤孝)の歌ですが、桜島は筑紫ではなく薩摩の錦江湾じゃないのと思われるかもしれません。たしかに国名としての筑紫は今の福岡県にあたりますが、九州の総称として「筑紫」と言う場合が古代からあったようです。次は本当の富士山。富士山も昔は桜島と同じように常時噴煙を吐いていたようです。

風になびく富士の煙の空に消えてゆくへも知らぬ我が思いかな
  ~西行 『新古今和歌集』 巻17-1613 雑歌

風になびく富士山の煙が空に消えてその行方もわからない。わたしの思いと同じように。

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