万葉歳時記 一日一葉

「万葉集」から1300年の時を超えた現代短歌・俳句まで、
昔と今を結ぶ日本人のこころの歌を歳時記にしました。

夢

#5085 帰るさの朝霧ふかし虫の音を夕露かけてたづねこし野に

令和8年8月30日(日) 【旧 7月18日 赤口】 処暑・天地始粛

帰るさの朝霧ふかし虫の音を夕露かけてたづねこし野に
  ~冷泉為広(1450-1526)『清玉集』

帰りには朝霧が深く立ち込めている。昨夕は露を浴びて虫の音を求めてやって来た野に。

 冷泉為広は室町時代後期から戦国時代にかけての公卿・歌人。上冷泉家6代目当主であるため、上冷泉為広とも呼ばれます。京都御所の北側にある「冷泉家住宅」も上冷泉家の屋敷であり、為広はその直系の先祖にあたります。

260830_帰るさの朝霧ふかし虫の音を
Photo:冷泉家時雨亭文庫(京都市上京区) ~TiGET

 応仁の乱後の都は荒廃していました。庶民はおろか、公卿たちも困窮する中、為広は都の和歌や連歌という文化に憧れる戦国大名たちに歌道の師匠として渡り歩く道を選びました。命がけの旅路であったことは『為広下向記』にありますが、越後の上杉、駿河の今川などの領国では大歓迎を受けています。中でももっとも為広を手厚くもてなしたのは能登の畠山義総でした。為広自身もこの地の風光明媚が肌にあったのか、人生最後の数年間を能登で過ごし、大栄6年7月23日、都に帰ることなくこの地で77歳の生涯を終えています。西暦にしてちょうど500年前の今日、1526年8月30日のことでした。

思ひ寝になれこし花や今朝さくもなほ覚めやらぬ夢の面影
  ~同

夢の中で見慣れてきた桜の花が、今朝ほんとうにに咲いたのに、まだ夢が醒めきっていないかのように、その面影が残っている。

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#5080 月草に衣は摺らむ朝露に濡れてののちはうつろひぬとも

令和8年8月25日(火) 【旧 7月13日 先勝】 処暑・綿柎開

月草に衣は摺らむ朝露に濡れてののちはうつろひぬとも
  ~作者未詳 『万葉集』 巻7-1351 譬喩歌

露草で着物を摺り染めにしましょう、朝露に濡れると色褪せてしまうとしても。

 万葉集では「月草」の名で詠まれている植物は今で言う「露草」。日本を含むアジア原産の一年生植物。詩歌でも秋の風物詩として取り上げられ、俳句では秋の季語として扱われます。

260825_夢に色あり末枯の露草も
Photo:涼やかな青色のツユクサ ~photoAC(久太郎さん)

 しかし実際に咲くのは6月から9月頃にかけて。どちらかと言うと夏の盛りのほうが咲いている時季は長いのです。朝方に咲いた花が昼にはしぼむことが朝露を連想させるためにこの名がつけられたのだと考えられます。一方「月草」はもともと青や紫の花の色が染料に使われていて、そのまま擦り付けても紙や布に着きやすいので「つき草」と呼ばれ、それに「月草」の漢字が当てられたためだと考えられています。

夢に色あり末枯の露草も
  ~山口青邨(1862-1988)

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#5014 霜がれに残りて我は八重むぐら難波の浦の底のみくづに

令和8年6月20日(土) 【旧 5月6日 仏滅】 芒種・梅子黄

霜がれに残りて我は八重むぐら難波の浦の底のみくづに
  ~だし(1558?-1580)『信長公記』

霜枯れの中で生き残った雑草のような私ですが、それももうおしまいです。難波の海の底の藻屑となって消えてゆきます。

 「だし」とは戦国武将、荒木村重の妾の名前。織田信長に従い、三木合戦で秀吉軍に加わっていた村重が突如有岡城(兵庫県伊丹市)に籠城し叛旗を翻しました。約1年間交戦したものの兵糧が尽きはじめ、さらに高山右近等側近が寝返ったため、村重は毛利の援軍を求めるために尼崎城に向かいました。しかし城代として残した荒木久左衛門が村重に背いて開城。信長は降伏に応じなかった村重に対し、残されていた女房集122人を含む村重一族と重臣の家族を見せしめのために六条河原で処刑しています。

260620_思ひきやあまのかけ橋ふみならし
Photo:荒木村重(トータス松本)とだし(山谷花純)~NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」

 無惨に殺されただしはこのとき20代前半。村重はその後毛利氏のもとに落ち延び尾道に隠遁。信長が本能寺に倒れた後、堺に移って道薫という茶人として再び歴史に登場します。荒木村重が亡くなったのは今から440年前の今日1586年6月20日(天正14年5月4日)。冒頭のだしの和歌に対する村重の返歌も残されています。

思ひきやあまのかけ橋ふみならし難波の花も夢ならんとは
  ~荒木村重(1535-1586)『信長公記』

思いもしなかったが、天の浮橋を踏み鳴らすように栄えていた一族なのにあの難波で咲き誇った華やかな日々が夢のように消えてしまうとは。

260620_難波の花も夢ならんとは
Photo:史跡公園有岡城跡(兵庫県伊丹市)~たびたび✕Hyogo!

 有岡城を舞台にした小説といえば2024年に直木賞を受賞した米澤穂信による『黒牢城』があり、これは今年黒沢清監督により映画化され、昨日6月19日に封切られています。映画では荒木村重は本木雅弘が、千代保(だし)は吉高由里子、黒田官兵衛は大河で竹中半兵衛を演じた菅田将暉がキャスティングされているようです。

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#4928 朝夕に花待つころは思ひ寝の夢のうちにぞ咲きはじめける

令和8年3月26日(木) 【旧 2月8日 先負】 春分・桜始開

青空にひと枝咲きぬ初ざくら
  ~日野草城(1901-1956)

 二十四節気「春分」の次候5日間は七十二候の第11候「桜始開(さくらはじめてひらく)」。 桜の花が咲き始める頃です。

260326_青空にひと枝咲きぬ初ざくら
Photo:nippon.com

 昨日はあいにくの雨になりましたが、実際に今週は各地で次々に開花が発表されています。ただし桜の開花情報は決められた標本木の花が5~6輪咲いたことが確認できた日が基準なので、8割以上が開く「満開」は1週間から10日後、さらにそれから散り始めるまでは約一週間。したがって都合2週間程度は咲いていると思われますが、これはたくさんの花が入れ替わり咲いたり散ったりしている期間のことで、一輪ごとの花の命はもっと短いのです。

朝夕に花待つころは思ひ寝の夢のうちにぞ咲きはじめける
  ~崇徳院(1119-1164)『千載和歌集』 巻1-0041 春歌上

朝夕をおかず桜の開花を待っていたら、まず夢の中で咲き始めたではないか。

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#4910 尋ね来るはかなき春もにほふらん軒端の梅の花の初蝶

令和8年3月15日(日) 【旧 1月27日 先負】 啓蟄・菜虫化蝶

尋ね来るはかなき春もにほふらん軒端の梅の花の初蝶
  ~藤原家隆(1158-1237)『夫木和歌抄』

やってきた儚く短い春にも匂いを放つ軒端の梅の花に誘われてやってきた初蝶よ。

260315_初蝶を夢の如くに見失ふ
Photo:photoAC(kokkonさん)

 「はつ蝶」は羽化したばかりの蝶のこと。今日は七十二候の第9候「菜虫化蝶(なむしちょうとなる)」。青虫が羽化して紋白蝶になる頃。二十四節気「啓蟄」の末候に当たります。梅や桜、菜の花など春という季節を象徴するような植物と同じく、モンシロチョウが舞う姿もまた春の訪れを感じさせてくれます。

初蝶を夢の如くに見失ふ
  ~高浜虚子(1874-1959)

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