万葉歳時記 一日一葉

「万葉集」から1300年の時を超えた現代短歌・俳句まで、
昔と今を結ぶ日本人のこころの歌を歳時記にしました。

冬

#5091 サブマリン山田久志のあふぎみる球のゆくへも大阪の空

令和8年9月5日(土) 【旧 7月24日 赤口】 処暑・禾乃登

サブマリン山田久志のあふぎみる球のゆくへも大阪の空
  ~吉岡生夫『勇怯篇 草食獣・そのIII』

 阪急ブレーブスの下手投げエース山田久志の球を打ち返したのは巨人軍の王貞治。1971(昭和46)年の日本シリーズ第3戦、完封勝利目前の9回裏に王貞治から逆転サヨナラ3ラン打たれ、マウンドに崩れ落ちた山田投手をオマージュしています。この短歌では大阪の空とありますが、実際の舞台は後楽園球場でした。その王貞治が756号本塁打の世界記録を成し遂げて国民栄誉賞第一号が贈呈されたのが1977(昭和52)年9月5日。今日は「国民栄誉賞の日」とされています。

260905_サブマリン山田久志のあふぎみる
Photo:巨人 vs 阪急第3戦(1971年10月15日)~週刊ベースボールOnline

 野球人で国民栄誉賞といえば思い出すのはこの試合でも阪急のセンターを守っていた「世界の盗塁王」福本豊。しかし、彼は受賞を辞退しています。「そんなん貰うたら立小便もできんようになるがな」と言うセリフが知られていますが、その本心は「国民栄誉賞」は王さんのように野球人の手本になって、国民に敬愛されるような人物でないといけないという思いがあったと語っています。

冬木の芽怪我で早去る盗塁王
  ~佐方敏明「ぐろっけ」

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#5017 ナポレオンは三十歳でクーデター ほんのり派手なネクタイでぼくは

令和8年6月23日(火) 【旧 5月9日 先勝】 夏至・乃東枯

ナポレオンは三十歳でクーデター ほんのり派手なネクタイでぼくは
  ~辻聡之(1983-)『あしたの孵化』

 ナポレオン・ボナパルト(1769-1821)が民衆の支持を得てクーデターを起こしたのは1799年。確かに30歳の時でした。そしてフランス皇帝となったのはその5年後。最初はクーデターを喝采していたベートーヴェンが彼が皇帝となり帝政をはじめたことに失望して、元々ナポレオンに献呈するために書いていた第3番の交響曲を単に『英雄』としたことは有名な話です。

260623_狂乱す冬将軍もその部下も
Photo:アドルフ・ノーザン『ナポレオンのモスクワからの退却』~ Wikipedia

 そして1812年の今日6月23日にはナポレオンはロシア遠征という決定的な過ちを犯しました。ロシアのコサック騎兵と焦土戦術で兵站に打撃を与えられ、極寒の冬までの長期遠征になったのです。撤退したフランス軍のうち生還したのは全軍の1%以下の5,000人だったと言われています。「冬将軍」という言葉はこの戦いから生まれました。後に書かれたチャイコフスキーの大序曲『1812年』もこの時のロシア軍の勝利を祝したもので、屋外の演奏ではフィナーレに実際の大砲を使った祝砲が使用されることもあります。

狂乱す冬将軍もその部下も
  ~相生垣瓜人(1898-1985)


Youtube:チャイコフスキー:大序曲『1812年』(フィナーレ部分)と映画『戦争と平和』(1967年)

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#4990 心ありてゑみもかくや志たわまし神のみ國の臣なればこそ

令和8年5月27日(水) 【旧 4月11日 友引】 小満・紅花栄

心ありてゑみもかくや志たわまし神のみ國の臣なればこそ
  ~小栗忠順(1827-1868)

心がこもっているから笑みもこのように浮かぶのであろう。神の御国の臣だからこそこのような気持ちになるのだ。

 幕末期の幕臣小栗忠順《おぐりただまさ》が官軍の理不尽な判断で斬首されたのは1868年5月27日(慶応4年閏4月4日)のことでした。

260527_心ありてゑみもかくや志たわまし
Photo:小栗忠順(中央)~Yokosuka Route Museum

 2027年のNHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』の主人公は松坂桃李さんが演じる小栗忠順《おぐりただまさ》。この名前を聞いて「ネジ」とか「横須賀造船所」とかを連想した方はかなりの歴史ツウ。過去の大河ドラマでも『三姉妹』『竜馬がゆく』『勝海舟』『龍馬伝』『青天を衝け』の5作品に登場してますが、彼の功績を知る人は少ないかもしれません。今年の豊臣秀長もそうですが、NHKが戦国や幕末の英雄譚から歴史の脇役にスポットを当てはじめたのであれば結構なことです。勘定奉行であった彼の進言を元に整備された横須賀造船所に、正岡子規が後年立ち寄って詠んだ句がありました。

横須賀や只帆檣《ほばしら》の冬木立
  ~正岡子規(1867-1902)

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#4980 革命歌作詞家に凭りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ

令和8年5月17日(日) 【旧 4月1日 仏滅】 立夏・竹笋生

革命歌作詞家に凭《よ》りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ
  ~塚本邦雄 『水葬物語』

 塚本邦雄の代表作の一つとして10年ほど前の記事にも取り上げたことがあります。今日はこの歌の解釈については触れませんが、これを読むと必ず連想してしまう作曲家がいます。フランスの作曲家エリック・サティ(1866-1925)です。

260517_冬薔薇の襞に沈めりサティの楽
Photo:Erik Satie

 エリック・サティがフランス第二帝政時代のオンフルールで生を受けたのは1866年5月17日。今から160年前の今日でした。早くから音楽に親しみましたが、パリ音楽院では教授から才能がないと言われ中退。彼の曲を聴くと、この時代の伝統的な音楽界ではありえないことではなさそうです。後に名を成しますが与えられた異名は「音楽界の異端児」「音楽界の変わり者」。たとえば、『官僚的なソナチネ』『犬のためのぶよぶよとした前奏曲』『胎児の干物』『裸の子供たち』のように、作品の題名を並べただけでも彼の変人ぶりがわかります。しかしフランス印象派を代表するクロード・ドビュッシーやモーリス・ラヴェルに大きな影響を与えた人物でした。

冬薔薇の襞に沈めりサティの楽

  ~岡田貞峰 「馬酔木」


Youtube:Erik Satie: Gymnopédie No.1(Khatia Buniatishvili)

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#4870 月夜にはそれとも見えず梅の花香をたづねてぞ知るべかりける

令和8年2月3日(火) 【旧 12月16日 先負】 大寒・鶏始乳

月夜にはそれとも見えず梅の花香をたづねてぞ知るべかりける
  ~凡河内躬恒(859?-925)『古今和歌集』 巻1-0040 春歌

月夜の梅は光に紛れて見えづらいが香りを頼りにすればよかったのだ。

 この梅とは雪に覆われた白梅。月の光に照らされて雪に紛れたというのですが、ちょっと大げさな感が否めません。旧暦12月16日は月齢15.3の満月ですから、こんな日に詠まれた歌かもしれません。

260203_冬の月かこみ輝き星数多
Photo:2月の満月「スノームーン」 ~ECナビ

 和歌や俳句で中秋の名月が詠まれる一つの理由が空気が澄んでいるからとも言われますが、その理由に限ると冬のほうがよほど空気が済んでいます。月は冬こそ美しいと考えれば、今日は冬と春との季節を分ける「節分」。冬の満月が観られる最後の日ですね。ちなみに2月の満月は別名「スノームーン」とも呼ばれます。

冬の月かこみ輝き星数多
  ~高木晴子(1915-2000)『晴居』

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