万葉歳時記 一日一葉

「万葉集」から1300年の時を超えた現代短歌・俳句まで、
昔と今を結ぶ日本人のこころの歌を歳時記にしました。

【政情・事件】

#5081 あらぬ世に身はふりはてて大空も袖よりくもる初しぐれかな

令和8年8月26日(水) 【旧 7月14日 友引】 処暑・綿柎開
あらぬ世に身はふりはてて大空も袖よりくもる初しぐれかな
 慶長はじめつかた、世をのがれたまふ時の歌となん
  ~木下長嘯子(1569-1649)『挙白集』

思いがけぬ世の中に我が身はすっかり過去の人となり、大空も我が袖から曇り始めるかと見える初時雨よ。

 木下長嘯子《ちょうしょうし》の本名は木下勝俊。高台院ねねの甥にして、小早川秀秋の兄にあたります。この歌の左注に記された「慶長はじめつかた」とは慶長5年7月18日に戦端が切られた伏見城の戦いのこと。現在の暦では西暦1600年の今日、8月26日のことです。
260826_月見せん伏見の城の捨郭
Photo:伏見城 ~おとなの週末Web
 長嘯子は関ヶ原の役に際して徳川方に属し、伏見城守備の大将となりましたが、西軍の攻撃に遭い、戦わずして城を脱出したために敵前逃亡の汚名を被りました。この歌は役後、出家して詠んだものですが、攻め手の副将が弟の小早川秀秋であったことも逃亡の理由の一つであったかもしれません。伏見城の戦いは家康の家臣鳥居元忠が決死の籠城作戦を行い、8月1日の落城まで14日間持ちこたえました。西軍に対してここで手痛い時間を浪費させたことが関ヶ原本戦の勝敗を分ける要因の一つとなったようです。

月見せん伏見の城の捨郭《すてくるわ》
  ~向井去来(1651-1704)

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#5651 燃えながら泣きながら母校へたどりつき果てたる友よ八月六日

令和8年8月6日(木) 【旧 6月24日 大安】 大暑・大雨時行

原爆忌へ一歩つまづく炎天下
  ~小林康治(1912-1992)『玄霜』

 原爆忌は、1945年8月6日に広島市、9日には長崎に原子爆弾が投下された日を追悼し、核兵器の恐ろしさを伝え、平和を祈念する日です。8月6日を指す場合は広島忌とも呼ばれます。

260806_燃えながら泣きながら母校へたどりつき
Photo:1945年8月、廃墟となった広島市中心部

 近年日本は観光大国と化してインバウンド(訪日外国人観光客)数が伸び続けています。しかし人気があるのは東京・京都・大阪・北海道など。せっかく日本に来たのならぜひ広島の平和祈念館と平和記念資料館は訪れてほしいものです。物見遊山でもけっこう。私が数年前に訪れた時も外国人観光客も修学旅行生も楽しそうに入場の列に並んでいましたが、出てくる人たちはほとんど会話もなく静かに歩いているのです。平和への思いと核兵器の恐ろしさが十分伝わったのでしょう。

燃えながら泣きながら母校へたどりつき果てたる友よ八月六日
  ~切明千枝子(1929-)

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#5042 今のわが恐ろしき心知るごとく ストーブの焔 くづれ落つるも

令和8年7月18日(土) 【旧 6月5日 仏滅】 小暑・鷹乃学習

今のわが恐ろしき心知るごとく
ストーブの焔
くづれ落つるも

  ~夢野久作(1889-1936)『猟奇歌』

 まだまだ記憶に新しい、京都アニメーション放火殺人事件が発生したのは今から7年前の2019年7月18日。死者36名、負傷者33名という平成以降最悪の放火殺人事件となりました。

260718_指先を 京の夏蝶 星空へ
Photo:全焼した第1スタジオ(2019年7月18日午前11時40分) ~毎日新聞

 これほどのことができる人間がこの平和な国に存在するのだと考えると背筋が寒くなる思いです。犯人の青葉真司死刑囚は、2024年1月25日の京都地裁による裁判員裁判で死刑判決を受けています。弁護団は死刑判決の無効を訴え控訴しましたが、本人によって控訴の取り下げが行われたため、2025年1月27日付で死刑が確定ししています。犯人が恨みを抱いた経緯などは亡くなった方やその遺族にとってはもはや問題外のこと。単なる大量殺人者に一片の同情もなされないことを犯人自身が熟知しているのでしょう。

指先を 京の夏蝶 星空へ
  ~山城道霞 (京都アニメーションへの追悼句)

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#5028 大江山酒呑の棲める岩屋かもそこへ小栗鼠がちょこちょことくる

令和8年7月4日(土) 【旧 5月20日 赤口】 夏至・半夏生

大江山酒呑の棲める岩屋かもそこへ小栗鼠がちょこちょことくる
  ~大岡信(1931-2017)『アメリカ草枕』

 大岡信が1977年にアメリカ旅行に行った時に詠んだ歌。グランドキャニオン国立公園の奇岩を見て大江山の鬼(酒呑童子)が住む岩屋を連想したのでしょう。

260704_大江山酒呑の棲める岩屋かも
Photo:グランドキャニオン ~トマトツアー㈱

 1776年7月4日、北アメリカ大陸にあったイギリスの13植民地が独立を宣言して今年はちょうど250年。そして今日はアメリカ合衆国の独立記念日です。日本の暦では安永5年、田沼意次、蔦屋重三郎の時代です。それから80年足らずの1853年にはペリーが浦賀にやってきて、皇紀2613年の歴史を誇っていた我が国に開港を迫る脅しをかけるほどの大国になったという、考えてみれば奇跡のような国ですね。

260704_そこへ小栗鼠がちょこちょことくる
Photo:『独立宣言』(ジョン・トランブル画)~Wikipedia

 さて7月4日といえば合衆国独立から50年後の1826年、この国を代表する作曲家スティーブン・フォスター(1826-1864)が生まれたのもこの日でした。今日はフォスターの生誕200年でもあります。多くの名曲を残しましたが、私が中学生のときには音楽の時間に「オールド・ブラック・ジョー」の英語の歌詞(1番だけ)を覚える宿題があって、一人ずつピアノの前で歌わされたことを思い出します。英語の成績が「3」の私でも覚えられる平明な英語と歌いやすいメロディーで無事に最後まで歌えてホッとしたことを覚えています。


Youtube:”Old Black Joe” ~Roger Wagner Chorale

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#5023 かつよりと名乗る武田の甲斐なくていくさに負けて信濃わるさよ

令和8年6月29日(月) 【旧 5月15日 先勝】 夏至・菖蒲華

かつよりと名乗る武田の甲斐なくていくさに負けて信濃わるさよ
  ~作者不明 『松平記』

勝つよりと名乗る武田家もその甲斐もなく戦に敗れるとは品の悪さが見えたよ。

 『松平記』は江戸初期に編まれた徳川氏の歴史を記した全7巻の家伝です。これはその中で長篠合戦の後に出回ったとされる落首。その「長篠・設楽原の戦い」は1575年の今日6月29日(天正3年5月21日)。世に知られているように、信長軍の鉄砲3段撃ちで武田の騎馬隊が壊滅的な敗戦を喫し、馬場信春や山県昌景など多くの重臣を失っています。

260629_かつよりと名乗る武田の甲斐なくて
Photo:武田勝頼・北条夫人・信勝像(上段)~高野山持明院所蔵

 桶狭間の戦いでは雨が奇跡的な勝利に味方しましたが、長篠の戦いでは晴天が織田・徳川軍に味方しています。というのもこの時期は梅雨の真っ只中。もしもこの日が雨であれば火縄銃は使えず戦いの結果は違ったものになったかもしれません。ともあれ武田家はこの後7年間持ちこたえています。勝頼はこの落首に書かれたほどの凡将ではなく、領国経営や外交に手腕を発揮しました。しかし長篠で多くの重臣を失ったことが武田家滅亡に影響したのは否めません。勝頼・北条夫人とともに16歳にして最期を迎えた息子、信勝も才能ある若武者だったようです。

まだき散る花と惜しむな遅くともつひにあらしの春の夕暮れ
  ~武田信勝(1567-1582)辞世

早々と散っていしまう花だと惜しまないでください。咲くのが遅くともいずれは嵐に吹き飛ばされるものですから。

260629_まだき散る花と惜しむな遅くともつ
Photo:武田勝頼・北条夫人・信勝像(下段)~高野山持明院所蔵

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